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【インタビュー】『ラッキー・ストライク』星野有樹監督

――星野監督は撮影監督としてキャリアをスタートさせて写真家としても活躍。2007年に監督としてデビューもされています。昨年には『アイム・オール・ライト』という3時間を超す大作も完成されました。今回のプロジェクトはどのようなことでスタートしたのでしょう?

 

「いま触れていただいた『アイム・オール・ライト』から始まっています。この作品は10年以上かけてようやく完成したのですが、今回の『ラッキー・ストライク』の主演の希志真(ロイ)さんと、下総(源太朗)さんに出演していただいています。でも、メインの役どころではありませんでした。二人とも『アイム・オール・ライト』の撮影が始まるとき出会ってますからかれこれ10年来の付き合い。すばらしい俳優なので、いつかがっつりご一緒したいなと思っていました。その矢先にたまたま希志真さんに会う機会があって話すと、彼の方から『なにか一緒にやりましょうよ』と言われまして。『じゃあ、とりあえず短編を考えてみましょうか』ということで僕が脚本を書き始めることにしました。

 

そうは言ったものの特にアイデアもなかったのですぐに書ける気はしなかったんでけど、いざ書き始めたら、わりとすぐ脚本が出来上がったんですね。それであまり間を置かずに撮影に入ることができました」

 

――脚本はどのようなアイデアから生まれたのでしょう?

 

「まず、希志真さんも、下総さんも50歳を過ぎていて、日本の平均寿命からすると、人生の折り返し地点をすでに過ぎて終わりが近づきつつある。そこからすでに人生の折り返し地点を過ぎた男たちが自分のこれまでを振り返るような物語を考えていて。そのときに、別の脚本のときの種として思いついていた気がするんですけど、生涯打率というアイデアが浮かんだんですよね。

 

で、生涯打率といえばやっぱり野球だろうということで、言葉のキャッチボールをするみたいな形が生まれて、話が膨らんでいきました」

©The Black Screen Brigade

――作品は、4年前に亡くなった友人の死を、認知症の彼の母親に伝えられずにいる潤(希志真ロイ)が、意を決して伝えることに。知人の健(下総源太朗)の助けをかり、友人の母へと向かう。その道中で二人の交わす会話から、人生の儚さ、亡き人への変わらぬ思いといったことが滲み、最後は意外な真実が明るみになります。

 

「なにをメインテーマにしてどのようなことを描きたかったのかを問われると、ちょっと答えに窮するんです。ただ、過去の自分の作品も含めて考えると、人生はいつなにが起きても不思議ではないというか。過去の出来事にとらわれてしまったり、人生の岐路に立たされてしまったりといった人間がどこに向かうのか、その現実をどう乗り越えて、どう生きていくのか。そういった内容になることが多い。今回の作品も当てはまるかなと思います」

 

――一夜のロード・ムービー的な要素もあって、作品自体は内容も映像のトーンも静謐。ただ、そこに先ほど話に出た生涯打率の話や潤と健の昔話が入ることで少し心がほっと和むものになっています。

 

「生涯打率を含む野球の話は、自分で考えていても盛り上がりました。よくよく考えると、野球で生涯打率が3割だと、もう名選手じゃないですか。でも、ボクサーで三割しか勝てないとなると、二流以下になってしまう。自分の人生を置き換えることはできないですけど、たとえば仕事がうまくいったか、いかなかったかで考えると3割って微妙。そういうことを考えだすといろいろとアイデアが出てきて、脚本の随所に反映させました」

 

――野球といえば大谷翔平が登場します。同姓同名のタクシー運転手として。仁科貴さんが演じられています。これはどういった経緯で。

 

「このタクシー運転手の大谷翔平に関しては、希志真さんが『仁科さんの顔しか浮かばない』と主張して譲らなかったんです。僕はまったく面識がなかったので、希志真さんにつないでいただいて実際にお会いして決まりました。でも、希志真さんの見立てが正しかったというか。仁科さんがやはり素晴らしくて、大物とたまたま同姓同名だった人間の悲哀みたいなものを醸しだしてくださったおかげで、この作品のスパイスになってくれた気がします」

 

――キャストの話を続けますが、希志真ロイと下総源太朗という俳優と組んでみたいという思いから出発した作品ですが、改めて二人と向き合ってどんな印象を?

 

「改めて僕が言うのもおこがましいですが、二人ともいい俳優だなと。僕はカメラ(撮影監督)もやっているのでたとえば二人のやりとりの切り返しのショットを撮るとなると、まず一方の芝居を撮って、その後にもう一方を撮ることになるので、撮影の最中はどちらか一方の芝居しかみれない。そういうとき、見えていない方の芝居をカメラを回す背後に感じていてなんとなくわかるんです。見えていないけど『きっちりいい芝居をしてくれているんだろうな』と。で、いざ、今まで見えていない方の芝居を撮ることになる。すると、こちらが想像するよりもいい芝居をしてくれていて『こんなことしてくれていたんだ』と驚くことがたびたびありました。

 

それから、二人の芝居の凄みを感じたのは編集のとき。僕自身も撮影のときから注意して撮ってはいるんですけど、きっちりとその人物の物語の中での感情の変化を狂いなく表現してくれている。そのことが編集をしているとわかるんです。『ここはこういう微妙な芝居で前のシーンと繋げていたんだ』とか、撮影のときはそこまで気づいていなかったことに気づかされました。

 

あと、これぐらいの年代の役者さんの顔が画面の全面に出てくる映画ってあまりないですよね。そこへの反発というわけではないんですけど、今回、二人の顔をスクリーンの全面に出したい気持ちありました。顔ってやはり生き様が年を重ねれば重ねるほど出てくるところがある。様々な苦楽を経験してきて、そのことが刻まれている二人の役者の顔をクローズアップで見せたかった。二人の顔を通して、ここに登場する二人の男の人生や生き様を感じてもらえたらと思いました」

©The Black Screen Brigade

――では、ここからはこれまでのキャリアについて振り返ってほしいのですが。大学卒業後、独学で映画撮影を学ぶ。撮影監督としてキャリアをスタートさせていますが、映画の道に進むことになったきっかけはどこにあったのでしょうか?

 

「父親がカメラマンだったので、最初は写真を撮っていました。ただ、20歳前後ぐらい、僕らの世代はミニシアターの単館系映画のブームがあって映画を浴びるように見るようになりました。そうなるとだんだんと映画好きの知り合いが増えてくる。その中に、のちに僕が初めて商業映画の撮影を担当した『すべては夜から生まれる』(2002年)の甲斐田(祐輔監督)君と、のちに監督デビューすることになる川口(潤監督)君がいたんです。

 

僕も入れて3人が集まったときに、『もう映画撮るでしょう』みたいなことになっていた。それで3人で映画を見よう見まねで作り始めました。僕が撮影を担当することになったのも写真を撮っているから映像の撮影もできるだろうという安直な理由から(苦笑)。ただ、始めてみると写真よりも映像の方が楽しいなとなって、本を読んだり映像を見たりして独学で撮影の技量を高めていきました。当時、まだフィルムの時代だったのでフィルム代が高くて大変だったと思うんですけど、なんとか捻出して三人でやってましたね。

 

そうこうやっているうちに、初めて商業映画の撮影を担当した『すべては夜から生まれる』につながっていきました」

 

――2007年には短編映画『心の風車』を発表。ここから監督のキャリアもスタートさせます。

 

「『自分もいつか監督に』みたいな意識は毛頭なかったんです。ただ、さっきの仲間と映画を作り続けていくうちに、ちょっと方向性の違いが出てきてしまった。そのときに、じゃあ次は自分の作品を作ってみようかなと思ったのがきっかけ。撮影の延長線上というか。いままでは誰かのものを撮ってきたけど、これからは自分が撮りたいものを撮る、みたいな感じで始まりましたね」

 

――影響を受けている映画人はいますか?

 

「いっぱいいます。好きな監督でいうと、神代辰巳監督。ああいう映画は僕には絶対に撮れない。それから加藤泰監督。同じく僕には絶対に撮れない。そう思うので憧れますね。あと、自分が撮影監督でもあるので、撮影監督をあげると、(ヴィム・)ヴェンダース監督やジム・ジャームッシュ監督らの作品を手掛けたロビー・ミューラーがずっと好きで。ほんとうに彼の映像はすごくて、かなり研究しました」

 

――過去の作品でも監督と撮影監督の両方を務められているとのこと。両方を掛け持ちするのは大変ではないですか?

 

「正直、しんどいので(笑)、監督をやるときは撮影を誰かに任せたいんですけど……。ただ、構図を決めてその俳優を撮るというのは撮影監督の特権である気がしてなかなか手放せません。続けられるだけ続けたいなと思っています」

 

――では、今回の入選の知らせが届いたときはどんな感想を?

 

「非常にうれしかったですね。すぐに関係各所に連絡を入れましたけど、みなさんすごく喜んでくれました。

 

あと、関係者に向けた上映での反応がよかったのである程度の手ごたえみたいなのはあったんです。でも、あくまで関係してくれた人でのことなので、第三者が見てくれたときにどうなのかはわからない。正直なところは、どうなのかなと。そういった中で、少なくともSKIPシティの審査に当たられた第三者の方で、この作品を気に入ってくださった方がいらっしゃった。このこともうれしかったですし、ひとつの自信になりました」

 

――今回の映画祭に期待することはありますか?

 

「とにかく、できるだけ多くの人に一人でも多くの人に『ラッキー・ストライク』観てもらいたいです。そして許されるのであれば、観てくれた人全員の感想を聞きたいです。僕は、作り手よりも観客の方が何倍も作品を深く理解してくれると思っています。ですので、会場で僕のことを見かけたら、ぜひ感想を寄せていただければと思います」

 

『ラッキー・ストライク』作品詳細
取材・写真・文:水上賢治


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