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【インタビュー】『水底(みなそこ)のミメシス』茂木毅流監督、長澤太一監督

<左:長澤太一監督、右:茂木毅流監督>

――共同監督、共同脚本ということなので、まず二人の出会いから教えてください。

 

長澤「僕と茂木くんには共通の友人がいるんです。彼は茂木くんとは中学の、僕とは高校の同級生で、その友人を介して、同じクリエイティブなことをしている人物として、お互いに存在は知っていましたが、頻繁に会って喋るような交流はありませんでした。

 

茂木くんとの交流が活発になったのは、インスタライブでの作業通話がきっかけです。本作の制作前、僕は現代美術を専門にキュレーションや批評、自分の作品も作っていたのですが、あるとき、展示を企画して発表したときにSNSや現地で誹謗中傷や嫌がらせを受けて、現代美術の文脈で活動するモチベーションが失せてしまった。そんな中、なんとなくインスタライブで作業通話の相手で誰か入ってこないかな〜と思っていたところに、たまたま入ってきたのが茂木くんで。」

 

――どのようにして今回の二人での作品作りは始まったのですか?

 

長澤「これがなんと言っていいかわからないというか。自然発生的に始まってしまったというか。」

 

茂木「もともとは僕がちょうど武蔵野美術大学(造形構想学部映像学科<アニメーション領域>)の卒業制作を考えるころの時期で。はじめは漁師が魚を釣る、みたいなことを描いた3~4分ぐらいのアニメーションを作ろうと思っていたんです。長澤はまったく関係なくて、僕が卒業制作として一人で創作して収めるものだった。ところが、インスタライブを機に長澤との会話が盛りあがり、気付いたときには二人でつくることになっていました。結果、彼が入ってきたことでまったく新しい別のものへとなっていったんですよね」

 

長澤「社会の構造として、物事が表面上の成果物やレトリックだけで判断され、そこに至るまでのプロセスは一切無視されてしまうというのがあって。表面を見ただけでわかる、もしくはわかった気になるようなモノがもてはやされる。そういうわかりやすさが求められる流れに本作では抗いたかったんです。

 

そのようなことを茂木くんと話していく中で、良い作品を作るというよりは、良い制作をしたい、という話になりました。これがけっこう重要で、作品作りとはまったく関係ない茂木くんと僕の会話のやりとりがベースとなって、脚本が立ち上がっていきました。」

 

茂木「そうですね。二人でこういう作品を作ろうと決めて始めたんじゃなく、『自分らこういう問題を抱えているよね』ということをお互い確認した上で、二人が次の制作のために一歩踏み出すための手段を提案していった。そのやりとりの積み重ねが脚本、それからアニメーションになった感じです。」

©ボルボックスタジオ

――作品は、海面上昇から逃れるために、住居を積み重ねて形成された島で漫画を描いている斉木ハジメが主人公。現在、島社会はAI型生物・Shinoの存在を受け入れ肯定する方向へと動いている。しかし、ハジメは人々の能動性を奪うShinoの存在にも、肯定する社会にも苛立っている。そんな折、Shinoの破壊活動を目論む新島エミと出会う。その出会いをきっかけに、海の下で秘密裏に活動するミメシスという組織を知ったハジメは、人間的な社会を取り戻す活動に自らも身を投じていきます。

 

体制側とそれに抗う側との攻防が描かれますが、非常にいまの社会の問題点や危うさ、人間性が奪われていく社会や世間の在り様への怒りや不満といったことに言及しているように感じられます。

 

長澤「それは僕たちの体験が反映されているからじゃないですかね。主人公のハジメやエミなどの登場キャラクターも、キャラクターを作りたいというよりは、自分自身の考えや日常の生活で感じていることを投影させていったら、こんな人物や生物が生まれたみたいな感じでした。

 

だから、この歳でこのような作品を作ることができたことはうれしいし、やったことに後悔はないんですけど……。作品作りにおいても、脚本の内容的なところにおいても、自分の青臭いところが出ていて、ちょっと恥ずかしくて直視できないところはあります(苦笑)」

 

茂木「僕は持って生まれた性格か性質か、けっこう周りに合わせるタイプで。どういった経緯で脚本が生まれたかお話ししたと思うんですけど、二人で重ねた会話の中心は常に長澤でしたね。僕が彼にペースを合わせていく。まあ合わせられないでずれるときもあるんですけど(苦笑)。

 

それを経た僕の視点からは、長澤が自分の中にある人に見られたら恥ずかしいところ、例えば本当は大きな声で言いたいことだったり、自分がどう見られるかを考えて隠していることだったりをかなり惜しげもなくさらけだしている気がしました。」

 

――ここまでの話をまとめると、茂木さんと長澤さんに即興のようなやりとりから生まれたということですね。それは意外です。たとえば海面上昇の歯止めがとまらない島という舞台であったり、AI型生物やミメシスという組織の設定であったり、いずれもきちっとしたコンセプトのもとに構築していったのではないかと推察していました。

 

長澤「正直その辺のことはあんまりよく覚えていなくて。とにかく、「良い作品」ではなくて、「良い制作」をするということを意識していました。」

 

――「「良い作品」ではなくて、「良い制作」をする」の真意は?

 

長澤「たとえば、絵を描いている人がいるとします。その絵は上手いとは言えないかもしれない。そんなとき、その人に対して「お前の絵は下手だから、AIに自動生成してもらえ」って言うべきでしょうか。

 

社会ってすぐに結果や成果を求めてくるじゃないですか。最近はコスパ・タイパといった言葉がもてはやされていて、ぼくもかつてはそうだったんですが、これを達成することを成功への最短経路として設定して、みんな自分に自信がないからわかりやすい成功体験や結果を求めようとするわけです。

 

その絵を描いた人は、他者や社会に要請されて描いたわけではなくて、純粋に描く「行為」をしたかっただけなわけであって、それ以上でもそれ以下でもない。このことって、どんなにAIが発展しようとも関係なく残り続ける人間の本質だとぼくは思っているし、「良い制作」というのは、こういった本質にその人なりの自己実現をもって向き合い続ける営為そのものなんじゃないかとも思いますね。」

©ボルボックスタジオ

――では、ここからは二人のキャリアについて聞きたいのですが、まず茂木監督は、何度か触れているように武蔵野美術大学に進まれて、大学在学中から小学館デジタルネットワーク室でオンラインや書店で公開する広告動画・バナー等の制作に携わり、現在は商業アニメーション制作の作画スタッフにフリーランスとして参加しているとのことです。

 

アニメーターの道に進もうと思ったきっかけは?

 

茂木「就職活動がめんどうだと思っていたタイミングでお仕事のお誘いがきて、とりあえず受けたのがきっかけといった感じで、気づいたらアニメーションの現場にいました。ただ正直なことを言うと仕事に執着はしていなくて、未だにアニメーターを辞めてアルバイターに戻る自分の姿が過ぎりますね」

 

長澤「すごく才能を感じるのにいつもこんな感じなんです。ぼくは、もっと見たことのないようなすごい作品を作れるヤツだと思っています」

 

――では、長澤さんは、現代美術の道に進もうと思ったきっかけは?

 

長澤「都立総合芸術高校という、めちゃくちゃ絵のうまい人たちが集まる学校に入学したんですけど、最初の課題の全体講評の前に先生に『お前も大変だな』って耳打ちされて、朝一で学校に行ってデッサンの自主練をしてたんですけど、デッサンの試験で80人中、50位台に乗るのがやっとで。そんな中、コンセプトありきの現代美術を学ぶことで、自分はまだ美術のプレイヤーとして存在できる、自分を肯定できるんじゃないかって考えていたのだと今は思います。高校卒業後は学費が無料という理由で、国立ウィーン美術アカデミー美術学部Magister課程(Michaela Eichwald教室)に進学して、今もそこで絵画を学んでいます」

 

――今後も二人でアニメーション作品を作り続けていく予定ですか?

 

茂木「どうなんだろう(笑)」

 

長澤「今後どういう形になるかはわからないですけど、これが人生最後のアニメーション作品になるとは思えない、とだけは言っておきましょうか…(笑)」

 

『水底のミメシス』作品詳細
取材・文:水上賢治


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