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【インタビュー】『ひみつきちのつくりかた』板橋知也監督
――これまで何本かの短編を発表されいて2020年に発表した『ある母』は、門真国際映画祭の優秀賞と最優秀脚本賞などを受賞しています。今回は初長編となりますが、どこかの時点から『次は長編を』といった気持ちはあったのでしょうか?
「正直なところ、あまりありませんでした。今回の『ひみつきちのつくりかた』に関しても短編の企画としてスタートしています。でも、脚本を書き始めたらいろいろとアイデアが出てきて長くなり、結果、長編になりました。現在進行中の企画も短編を想定していたんですけど、気づいたら40分ぐらいの中編になりそうで(笑)。いいのか悪いのかわからないんですけど、企画段階ではあまり尺を意識していないんです」
――作品は、50歳になった山上謙一が、亡き同級生の葬儀で仲の良かった3人と再会。久々に顔を合わせた4人の中年男性がかつて考えていた「ひみつきち建設計画」に童心に戻って取り組む。その過程で起きる悲喜こもごもから、彼らの少年時代から変わっていないこと、逆に大人になって変わってしまったことなどが見えてきます。
「今、自分は30歳なんですけど、未だに学生気分が抜けないというか。子どもっぽいところがあって、ぜんぜん大人になり切れていないことを感じる瞬間がある。一方で、子どものころのように無邪気ではいられない、完全に大人になってしまったなという瞬間もある。このなんともいえない気持ちを描けないかと、かなり前から考えていました。
そのアイデアに今回ちゃんと取り組もうと思ったきっかけは、いくつかの別れを経験したことでした。子どものころから飼っていた愛犬が亡くなったり、身内に不幸があったりと、どこか自分の中で永遠で不滅と思っていた存在が目の前から消えてしまった。そのとき、気づくのが遅いんですけど、『永遠ってないんだ』と実感したんです。
そこから、大人になっても子どものころと変わらない気持ち、逆に大人になってしまったこと、その人にとってかけがえのない瞬間みたいなことを考えて書き上げたのがこの物語になります。
同じような経験をしたことがある人は多いのではないかと思っていて、ひとりでも心に刺さってくれる人がいたらうれしいです」
©2025 emir heart Inc.
――この作品はやはりキャストに触れないわけにはいきません。山上謙一役が、映像ユニット「群青いろ」で俳優・監督として活躍している廣末哲万さん、同級生の御手洗典雄役は、本映画祭の入選作である『とおいらいめい』や『あらののはて』などに出演して、SKIPシティともゆかりの深い藤田健彦さん、豊永光彦役を数々の映画やテレビドラマに出演する佐藤貢三さん、工藤哲治役をバイプレイヤーとして数々の作品に出演するもりたかおさん、と個性と実力を兼ね備えた俳優が並びました。
「自分でも役者さんには、ほんとうに恵まれたと思います。
少し裏を明かすと、正式な診断を受けたというわけではないんですけど、僕は自分の中には4つの人格があるなと。
誰しもそうだと思うんですけど、向き合う人によって、ちょっと見せる顔を変えている。それが自分は4つぐらいある。
その自分の4つの顔をもとに、山上、御手洗、豊永、工藤というキャラクターをまず作っていったんです。
ですから、各人には僕自身のなにかしらが投影されているところがある。そこにさらに別のモデルがいて、その要素を加えて各人物像が出来上がっていきました。
その愛着のあるキャラクターをみなさん的確に表現してくれたのはもちろん、僕がイメージしていた以上の存在にしてくれました。
4人でのお芝居で起きる化学反応も、僕の想像をはるかに超えていくことが度々あっておもしろかったです」
――それぞれ『こういう人物にしたい』みたいな理想像があったと思います。廣末さん以外は、オーディションとのことでその中で、この役はこの役者さんに託そうと思った決め手は?
「まず山上に関しては、もっとも僕自身という人間が反映されている人物なんです。だから、あまり僕自身からかけ離れている人には任せられないという思いがあって、キャスティングが難航したんです。その中で、プロデューサーの提案で廣末さんがあがりました。で、実際にお会いしてお話ししたときに、僕と似ているところがあるなと思ったんです。廣末さんはまったくそんなこと思っていないと思うんですけど。
そしてお芝居を見せていただいたら、キャリアのある方に言うのもおこがましいですが抜群にうまい。しかも僕が考えていた山上の特徴、ちょっといい加減でいまだ大人になりきれていないところをはじめからつかんでいた。もうこの人しかいないと思いました。
御手洗に関しては、藤田さんがそのときに見せてくれた演技に圧倒されてほぼ即決でお願いしました。御手洗は4人の中でよく言えば一番の常識人。悪く言うと保守的で変化を望まない。ただ、ある意味、大人で嫌な目にあったり、不条理なことを言われてもグッとこらえるタイプの人間です。感情をむき出しにする人間ではないので、演じるのが難しいタイプの役だと思うんですけど、藤田さんはその凡庸さを実に巧妙に表現していてお願いしたいと思いました。
豊永に関しては、この4人の中では一番の成功者。今でいう『イケおじ』でダンディな男性で、僕の中では豊川悦司さんをイメージしていました。はじめはもうパーフェクトなダンディを求めていたんです。嫌味なぐらいダンディな男性でいいと思っていました。ただ、佐藤さんのお芝居をみたときに、その自分の見解が変わったというか。もちろんすごく渋みがあってダンディでかっこいいんですけど、佐藤さんの演技はそこにちょっと隙のある感じが入っていました。イケおじなんだけど、ちょっと愛嬌のあるニュアンスを入れていて、それがいいなと思ったんです。完璧に見えて完璧ではない。少し隙がある方が人間味があっていいなと思って佐藤さんにやってもらいたいとなりました。
工藤に関しては、ムードメーカー的存在。当初はちょっと周りからするとイラつくぐらいのおちゃらけたいい感じでの人物を想定していました。ただ、佐藤さんのときと同様にもりさんの演技をみたときに、自分の見解が変わったんです。もりさんは単に調子のいい人間に見せないというか。友達思いであるところとか、誰かと誰かの間をとりもつところとか、工藤の中にある人情味を感じさせてくれたんです。そこがいいなと思いました。それと、工藤という役柄ももりさんという俳優も、ほかの三人とはカラーがかなり違う。もりさんという異色のカラーが入ることで、なにか面白いことが起こるのではないかと思って、そこを期待したところもありました。
ただ、そんな僕の思惑など関係なく、勝手に化学反応は起きていて。廣末さんも、藤田さんも、佐藤さんも、もりさんもアドリブがすごくて、当日になってようやく決まったセリフとかあるんですけど、即時に対応してくれる。当初とぜんぜん違うシーンになったところもあるんですけど、みなさん何の問題もなく対応してくれて、こちらがイメージしていたよりもいいものを出してくれる。
4人の演技を見るのが毎日楽しみでした。またご一緒したいです」
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――では、ここからはプロフィールの話をうかがいたいのですが、まず映画の道を進もうと思ったきっかけは?
「ここまで流れに身を任せてきたら気づけばこの道に進んでいたので、明確なきっかけはないんです。
元々は絵を描くことが好きで、高校は美術部に所属して、大学は美大ではないのですがアート学科に進みました。中退してしまいましたが(苦笑)。
それと平行するように映像も作り始めました。まず高校のときに遊びで映像を撮って編集してみたら、これがおもしろい。そこからはまってショートフィルムを作り始めて現在に至っています。なぜ映像を作ろうと思い立ったかというと、僕は人の絵を描くのが苦手だったんです。それで、映像であれば人間をちゃんと描けるのではないかと思って始めたところがありました」
――影響を受けた映画監督はいらっしゃいますか?
「影響を受けているかどうかは少し別として、北野武監督、クリストファー・ノーラン監督、デビッド・フィンチャー監督などには憧れを抱いています。自分もああいう映画を一度は作ってみたいという気持ちがあります。
影響を強く受けているのは、スパイク・ジョーンズ監督。彼のような独自の感性が自分にあるかないかはわからないですけど、僕なりの感性を生かした映像を作りたい気持ちは常々あります。いまミュージック・ビデオやCMの仕事をしているのは、彼の影響も多分にあるのかなと思います」
――そういわれると、ミュージック・ビデオ的なアプローチはいくつかありますね。たとえば、まあ決してかっこいいとは言い難いおじさんたちが登場するところを、スタイリッシュな映像でバックにハード・ロック調を流したりと。
「音楽に関しては自分の好みが出ているところもあるんですけど、おじさん4人が集まって秘密基地を作るというプロットに対して、一番遠いところ、対極にある音楽ってなんだ?と考えて、思い浮かんだのがハード・ロックでした。それでユニークでおもしろくなるんじゃないかと思い切って合わせてみました。スパイク・ジョーンズ監督も『このシーンにこんな意表をついた音楽をつける』ということがけっこうあるので、いま気づきましたけど、影響を受けてのことかもしれないです」
――では最後に、今回、入選の報せを受けたときはどんな感想を?
「朝早くに連絡ををいただいたんですけど、僕、まだ寝ていて。寝ぼけ気味で電話を受けましたけど、一気に目が覚めました(笑)。うれしすぎてなんか泣きそうになりました。誇張なくめちゃくちゃうれしかったです」
『ひみつきちのつくりかた』作品詳細
取材・文:水上賢治