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【デイリーニュース】Vol.12 特集「商業映画監督への道」『愚行録』石川慶監督、加倉井誠人プロデューサー トークイベント
「企画を募集している映画祭はたくさんある。撮れない言い訳はもうきかない」
『愚行録』左から石川慶監督、加倉井誠人プロデューサー
世界で活躍する才能をいち早く発見し育ててきたSKIPシティ国際D シネマ映画祭。今年、「日本の才能に焦点を絞り、より深く、きめ細やかな支援体制を構築し、日本映画界のさらなる発展に貢献」その一つとして、特集「商業映画監督への道」を設けた。映画祭に集う若手映画監督たちのエンパワーメントになればという企画である。
コンペティション部門の審査委員長を務める石川慶監督は、長編劇映画デビュー作『愚行録』(17)を上映し、プロデューサーの加倉井誠人氏と共に、商業映画監督としての経験を語った。石川慶監督は、2009年の本映画祭短編コンペティション部門に、ポーランドで製作した『It’s All in the Fingers』を出品している。
『愚行録』の原作は貫井徳郎の直木賞候補作。脚本は向井康介、撮影はポーランドのピョートル・ニエミイスキ。妻夫木聡、満島ひかり、小出恵介、松本若菜などが出演している。
1年前の一家殺人未解決事件を洗い直し、被害者夫妻の過去を掘り起こしていく週刊誌記者の田中の前に、被害者や証言した人々の思いがけない実像があばかれていく群像ミステリー。第73回ヴァネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティションでワールドプレミアされ、新藤兼人新人監督賞、ヨコハマ映画祭新人監督賞などを受賞した。
石川監督といえばポーランド国立映画大学で、映画を学んだという特異な経歴の持ち主。映画学校への留学ならばアメリカ、英国、フランスが一般的。いや、そもそもなぜ海外へ?
「大学卒業して、映画をやりたいと思っていたんですが、当時はまだ東京藝大の大学院に映像研究科がなかったのと、映画は勉強するものではないという風潮もありました。東北大で物理を学んでいたんですが、超就職氷河期で、東京に出ても映画の仕事を探すのは難しいだろうなと。いっそ海外に出れば世界が広がるんじゃないかと考えて、いろいろ調べてみました。すると、ポーランドの学校がすごい。学生に35mmで撮らせるし、活気があって熱量がすごくて面白かったんです。でもそのうち資金が尽きまして文化庁の在外研修制度を使って、卒業後もポーランドに残って『It’s All in the Fingers』を完成させました。
向こうで長編を企画していたんですが、資金集めで苦戦し、日本に帰って来ました。それからが大変でした。SKIPシティに応募したのは2009年。一番大変な頃でしたね。『愚行録』までは、帰国後約8年かかっています。その間、5~6年は企画をもって共同制作を目指して、ピッチングで海外を回っていました。ヨーロッパでは、オーサーフィルム(作家映画)の場合、それが普通なんです。試行錯誤の時期でした」
そして2013~4年くらいに当時オフィス北野のプロデューサーだった加倉井誠人氏と巡り会う。知人を介して紹介された石川監督が提示した企画は「予算もかかるし、撮影も複雑になると思ったので、他の企画も含めて検討しませんか、と私がやってみたいと思っていた3本のうちの一つ『愚行録』を提案したんです」と加倉井プロデューサー。「初監督作品って、失敗したら次はないという覚悟をしないと。数億の予算はかけられないけれど、こういう方向で、こういう方法でどうですかと、お互いに覚悟を決めて進めました」。オフィス北野は国際共同製作の経験もあり、比較的すんなり製作許可は下りた。その先の資金集めはプロデューサーの仕事だが、クランクイン予定のぎりぎりまで、あと少しの資金が集まらずどうしようと思ったこともあったそうだ。「妻夫木さんが決まったのが大きかったですね」と加倉井。
監督から2つの要望があったという。
まずは「脚本は向井康介さんに頼みたい」。石川監督はいう。「日本のこういうジャンルの映画って、入口はドキドキハラハラさせるんですが、だんだん泣きが入ってくる。それはやめたいと。このジャンルを日本でコーエン兄弟のように書ける人は向井さんしかいないと思いました。彼とは好きな映画の趣味も合うのでぜひ向井さんにと、加倉井さんに頼みました」
もう1つは「撮影カメラマンを海外から呼びたい」というもの。「撮影はポーランドでも一緒にやっていたピョートルのスケジュールが空いていたので彼に頼みました。でもデビュー作なのでいろいろな制限がある。とても“自由に現場で考えながら”なんてできない。どこに三脚を立てるか。手持ちで行くか。移動撮影用のレールは何メートル持って行くか。レンズはどれとどれを持って行くか。時間も限られていますし、予算的にすごくシビアなので、あらかじめ決めておかないといけないんです」
「自分がずっとポーランドでやっていたら、たぶん今とは全く違うキャリアを築いていたでしょうね。オリジナルの企画で、ピッチングして、コ・プロダクションで撮っていたと思います。ヨーロッパでは自分の資金で作る自主映画は、学生映画はいざ知らず、プロにはありません。プロが作るのに近いのは、資金を集めて観客を意識しながら作るインディペンデント映画。そういう意味では僕の映画も、コマーシャルベースの商業映画ではないので、“インディペンデント映画”に近いと思います。でも1本目の『愚行録』にはスターも出演して、本気でリクープ(資金回収)も考えなきゃいけなくて、ヴェネチアにも出した。その後も作り続けてこられたのは奇跡だと思います。一本目は慎重に、大事に考えて作る必要があると思います」と石川監督はかみしめるように語った。
加倉井プロデューサーも力強く答える。
「石川さんは海外を営業して回っていました。彼のように、映画を撮りたい人はアグレッシブに企画を売り込んでほしいですね。結局、ものは人と人のケミストリーで作られていく。どんな伝手を使ってでも、努力して、熱量をもって扉をたたく。そうすればいつかは扉が開きます」
「昔は、ぴあフィルムフェスティバルで賞を獲ってスカラシップで撮るくらいしかチャンスはなかったけれど、今はいい時代になりました。言葉の問題はあっても、映画祭など企画を募集しているところはたくさんあるし、面白ければ上映してくれる。撮れない言い訳はもうききません」と石川監督はにこやかに言い切った。
取材・構成・撮影:まつかわゆま