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【インタビュー】『コントラ』アンシュル・チョウハン監督
――はじめに『コントラ』は、第二次世界大戦、戦争が背景にあります。
父も祖父も軍人で、僕自身も軍の学校に通っていました。だから、小さなころから軍隊が身近なものでした。
それで、日本に来て驚いたのが、若いフィルムメーカーがあまり戦争のことに触れた作品を発表していないこと。戦争映画は確かにある。ただ、戦争で深い心の傷を負った兵士のほんとうの胸の内にフォーカスしたような映画がないように感じて。そこに僕自身は触れたいと思いました。そこがこの映画のはじまりです。
ただ、戦争にフォーカスしてそのものを描きたいとは思っていませんでした。当初の企画は軍の学校について。僕自身も軍の学校を体験していたので、そこでのいじめであったりということを描こうと思っていました。でも、この企画は諸事情あって流れてしまった。
それで、その企画として考えていたことのひとつをクローズアップすることにして。そうして完成したのが『コントラ』の脚本です。そのクローズアップしたことはストーリーのキーポイントになるのでここではちょっと明かせないのですが(笑)。
――作品は、ある日、元兵士だった祖父が死去。孫娘のソラが、第二次世界大戦時のことが記録された祖父の日記を手にする。その日記を手掛かりに彼女は、なんでも相談できて大好きだった祖父の秘められた人生を知ろうとあるものを探し始める。そのことと並走するように、あまりうまくいっていないソラと父の現代の親子関係が描かれます。一見するとつながることのない戦争という過去と、現代の親子の物語を巧みに結びつけている。この大胆ともいえる試みはどのような発想から生まれたのでしょう?
映画作りでは、いままでなかったようなストーリーができないかということを常に考えています。
まず、いままでみたことのないストーリーを作る上で、今回、考えたのは、現代の若い女の子の映画での描かれ方。恋愛ドラマにしても青春ドラマでも、学園ドラマでも、何か常に走りながら叫ぶという姿を表現されることが多いイメージが僕の中にはある。
だから、主人公のソラはどこにでもいるような高校生にしたいと思った。キャラクターというよりも自分のすぐそばにもいそうな女の子が、はじめて戦争のことを知っていく。そんな形で物語が進んでいけばと考えました。そして、そこにいまある社会問題をちりばめていく。
日本に来てからいまだに僕の中ではよく理解できない、日本の父親と娘がうまく話せないことなどを織り交ぜていきました。
そうした過程を経て生まれた『コントラ』は、戦争についても、現代の家族ついても語っている。しかも、最後まで観てもらえればわかるように、一見交わることのないこの二つのことが根底でしっかりと結びつく物語になったと僕は思っています。
――その戦争の記憶とも、ソラと父の親子関係とも、深く関わってくるのが突然出現する謎の「後ろ向きに歩く男」です。このアイデアはどこから出てきたのでしょう?
決してみなさんを驚かせたいから作った人物ではありません(苦笑)。はじめはその存在に戸惑うと思いますが、最後までみてもらえると彼がどんな人物なのかわかっていただけると思います。
後ろ向きに歩く人は実際にいます。きっかけはYouTubeで偶然見かけた所からでした。どうして後ろ向きで歩くのか知りたくてリサーチをはじめたら、ひとりではなく世界中にいることがわかりました。
そのうちのひとりを調べると、後ろ向きに歩く理由が、家族を失い、いまだ未来に進めない気持ちが後ろ向きに歩く行動になったことを知ったんです。
彼は車の事故で家族を失っていて。後ろ向きで歩きながら、事故を起こした犯人の車のナンバーを確認しているという。この気持ちがどうしても前に進めない、どこか過去にとらわれて動けないでいる彼に感化されて生まれたのが「後ろ向きに歩く男」です。
――ある晩、ソラの父が運転する車が、後ろ向きに歩く男を撥ねてしまう。ここは、ソラと父親と、後ろ向きに歩く男が初めて出会うシーンになりますが、衝突音など生々しいのですが実際に撮影した?
ええ。後ろ向きで歩く男を演じた間瀬(英正)さんは実際に撥ねられています。もちろん、安全をきちんと確保して撮影しました。間瀬さんが臨む前に、まずは僕が代役を務めて、どのぐらいのスピードなら安全か、ケガをしないかきちんと確認して、それで間瀬さんに引き継いでいます。
――そのことを含め、間瀬さんはこの役をどう受け止めていましたか?
まず僕のことを「この監督は何を考えているのか」と思ったでしょうね(笑)。
実は間瀬さんにはなぜこの男は後ろ向き歩くのか、この物語の中でどのような存在でどのような役割を果たすのかはほぼ説明していません。でも、僕が思うにおそらくこの軽トラックにはねられたシーンで、間瀬さんは気づいたのではないかと。そこから深く理解して演じてくれました。
――後ろ向きで歩くというよりも、走っているのではないかというぐらいのスピードに映るのですが、あれは監督の指示なのでしょうか?
いや、間瀬さんの思ったスピードですね。僕が間瀬さんにお願いしたことは3つあって。1つは痩せてほしいとお願いしました。実際、9キロほど体重を落とされています。
2つ目は日記を書いてもらいたいとお願いしました。間瀬さんは絵のアーティストでもあるので、祖父の残す戦時中の日記を書いてもらいました。
そして3つ目が後ろ向きで歩く男なので、後ろ向きで歩く練習をしてほしいとお願いしました。自宅近くの江東区周辺で練習していたみたいです。当時、おそらく江東区周辺で後ろ向きで歩く人物を目撃した人が多々いると思うのですが、それは間瀬さんでけっして怪しい人間ではないのでご安心ください(笑)
間瀬さんはほんとうにこの役に打ち込んでくれて、僕との打ち合わせのときも、駅から待ち合わせ場所まで後ろ向きで歩いてきたりして、鍛錬に務めていました。おかげで躍動感あるシーンをいくつも撮れたと思います。
――いま話に出た、間瀬さんが書かれた日記もまた物語で重要な役割を果たします。とくに兵士のリアルな心情が綴られた文章は心が動かされます。
インディペンデント映画についてまわるのはやはり予算で。予算が潤沢にあれば、戦争時のシーンは再現できる。でも、今回のバジェットでは到底できない。
その中で、どうやって戦争を表現するのがベストなのか、考え抜いてたどり着いたのが日記でした。しっかりとした言葉で伝えることで、観ている人が頭の中で想像できて、より表現力が高まるのではないかと思いました。
日記にしたもうひとつの理由は、さきほど触れたように間瀬さんが俳優であるとともに、絵のアーティストであったこと。実際の日記の絵は彼が書いたものになります。
日記全体のモデルにしたのは、実際のドイツ軍人が書いたある日誌です。この日誌は文章とともにすばらしい絵が書かれていました。おそらく彼は軍人だったけれども、アーティストだったのだと思います。この日誌を参考にしました。
一方、日記の文章については、日本兵の綴った日記を英訳したものがあって、その内容をあらたに日本語に翻訳したものになります。1冊ではなく、いくつかの日記や手紙を合わせてまとめてひとつにしたのが劇中の日記です。ただ、別々の日記や手紙を合わせてはいますが、ひとつひとつは実際に書かれた内容そのままになっています。センシティブな内容なので、嘘にはしたくなかった。ですから、そこは大切にして、実際のものに習いました。
――後ろ向きに歩く男は何者なのか?元兵士の祖父が日記に綴られた本心とは?ソラと父の関係は?そうした問いがひとつにつながり、すばらしいラスト・シーンにつながっていきます。詳細は明かせませんが、ここに込めた気持ちをひと言だけお伺いできればと。
愛する人への敬意であり弔い。それを感じていただけたらと思います。
――では、ここからはプロフィールをおうかがいできればと。大学で文学士を取得した後の2006年からアニメーターとして働き始めたということですが?
21歳からインドでアニメーションの仕事をはじめて、5年間キャリアを積んだ後の2011年から東京に拠点を移して、アニメーターとして活動してきました。
――これまで、『トロン:ライジング』や『ファイナルファンタジー XV』、『GANTZ:O』など多くの作品に携わっています。
そうですね。ただ、自分の物語をCGで作りたい気持ちは常にあったのですが、どうしてもいただいた仕事を優先することになってしまっていました。あと、アニメーションはやはりお金がかかるので、自分の作りたいものを作るチャンスはなかなかないという現実もありました。
それで実写ならばもう少し安く映画を作れる。ということで実写映画を作り始めたんです。
――では将来的にチャンスがあればアニメーションを作りたい。
将来的に予算さえ整えば、CGの映画を作りたいです。
でも、いまは実写の映画制作もとても楽しんでいます。というのも、アニメーションというのはほぼすべてのことがパソコンの中で解決してしまいます。まず先にプランニングをしなければならず、それに添って進めなくてはいけない。そういう制限がある。
でも、実写の場合は、途中で変更が可能だし、ひとつのシーンを何カットで構成してもいい。
実際、ちょっとうまくいかなかったら、撮り直すことができる。俳優とディスカッションしたりしながら、自分が望むシーンになるまで何度も何度も撮ることができる。ある種、細かいところまでこだわって自分の思うがままコントロールできるところがある。アニメーションはそうはできないところがあるんです。
――そもそもアニメーターを目指したきっかけは?
大学時代、帰りの電車の中で、偶然、アニメーターに出会いました。そのとき、アニメがどのように作られているか教えてもらって、自分の中に衝撃が走った。「こんな世界があるのか」と頭が爆発したというか。それでこの道に進むことを心に決めました。
――今後もアニメーションと実写映画を往来しながらの活動になりそうですか?
もちろん、いろいろな作品を創作していきたい。目下の予定としては実写映画の3作目を11月に撮影予定。いまはここに向けて動き始めています。
――長編デビュー作の『東京不穏詩』は、イギリスのレインダンス映画祭、大阪アジアン映画祭ほか国内外数多くの映画祭で上映され、ブリュッセル・インディペンデント映画祭ではグランプリを受賞。二作目の本作も、タリン・ブラックナイツ映画祭でグランプリと最優秀音楽賞を受賞するなど、国内外の映画祭を巡っています。
タリン・ブラックナイツ映画祭を皮切りにイギリスのグラスゴーの映画祭や大阪アジアン映画祭、ニューヨークのジャパンカッツ、これからもチェコの映画祭などで上映予定。現段階で、10の映画祭への出品が決まっています。
――その中で、今回の入選はどう受けとめていますか?
いままで日本の映画祭ではなかなか選ばれなくてずっと残念に思っていました。もしかしたら、僕の映画は日本では好まれないのかなとも思ったりして。
なので、今回の入選の知らせをうけたときは、ようやく日本の方に認めてもらえたのかなと思って素直にうれしかったです。
今回はオンライン開催だけど、日本のみなさんからどういったレビューをもらえるのか楽しみにしています。
文=水上賢治