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【インタビュー】『長い夜』草刈悠生監督

――作品は、2年前のある夏の夜、原田光一の友人であるブッダことカイが海に行ってそのまま消えてしまう。その後、残された光一は、カイの恋人だった真理と付き合うことに。二人は互いを支えながらどうにかして哀しみを乗り越えて、日常を取り戻していこうとする。ところがそこで信じられない事態に直面したことで、光一と真理はさらなる複雑な立場と心境に置かれることになる。
埋まらない孤独や後悔、心の痛みややるせなさなど、残された側の人間の心理がひしひしと伝わってくる物語になっています。どのようなアイデアから生まれてきたのでしょうか?

 

「ひと言で表すと、この作品は大きな喪失に直面した人間の再生の物語になると思うのですが、単にひとりの人間が大きな喪失から立ち直っていく、で終わらせたくはありませんでした。むしろポイントとして考えていたのは、人と人の関係性。光一と真理にとってカイは方や親友、方や恋人でいずれも大切な存在だった。同じ大切な存在が目の前から消えている。そんな二人の姿は、傍から見ると同じ哀しみを共有しているように見える。でも、よくよく考えると、それぞれに哀しみの大きさも違えば、カイへの思いも違う。そのようなことが本人の内面からだけではなく他者からおよび他者の目に映る自分から見えてくる。他者との関係性からその人物の喪失の深さや心の再生が見えてくる物語が描けないかと考えました。

 

それから、同じような哀しみを共有している二人が、どのような関係性を築けばいい方向に向かうのか、逆にどのような関係性になったら破綻してしまうのか?どのようにすれば哀しみを分かち合って癒やすことができるのか、逆にどのようになると心は離れていってしまうのか?そのようなことも描いて考えてみたかった。

 

シンプルに言うと、人と人の関係性、その間をつなぐコミュニケーションについて描きたい気持ちがありました」

 

――残された人間の喪失からの再生の物語であると同時に、いまおっしゃった『人と人の関係性、コミュニケーション』ということにつながっていくと思うのですが、ひじょうに男女の思いが交錯するラブストーリーとしても成立しているのではないかと思いました。
話が進むにつれて、光一と真理がそれまでどこか心の奥にしまっていたことを打ち明け、本音をぶつけ合うようになる。ときにすれ違い激しいケンカになるのだけれど、それは互いの愛を確かめる行為にも映る。恋愛劇を意識したところはあったのでしょうか?

 

「それは僕の映画の好みが完全に出た形です。メロドラマやラブストーリーが好きなんです。

じゃあ、ラブストーリーが好きかというと、恋愛関係って一対一でぶつかることになるというか。たとえば友情関係だったら、ひとりが対象じゃないと思うんです。でも、恋愛はその人一人が対象で、その人一人との関係になる。ゆえに家族や友人には控えるようなことも、恋愛関係にある人物だと言ってしまう。本心や本音が出てしまうところがある。その本音のやりとりを描きたいと思っていました。

 

それから、『本音』というところにつながるんですけど、僕はケンカ映画というかケンカのシーンも大好きなんです。ケンカも思わぬ形でつい本音が出てしまう。だから、恋愛関係を描けばケンカも描けると思ったところもありました」

 

――では、キャストについてお聞きしたいのですが、原田光一役の原田光一さん、ブッダおよびカイ役の笠原一輝さん、どちらも個性的で印象に残ります。

 

「実は、二人ともプロの役者ではありません。原田光一は高校のクラスメイト、笠原はいま在学している日本芸大の友人です。ちなみに笠原は監督コースでいい映画を作っているのでみてほしいです。

 

真理役の黛果歩も共通の友人がいる高校の同級生で。杏奈役の和田紗也加さんは、日本芸大の俳優コース。自分の身内も出ているのでキャストは友人や知人、家族を総動員といった感じです(笑)」

Yui Kusakari©

――いや、にわかに信じがたいといいますか。みなさん堂々としていらっしゃる。演技ができるという確信が草刈監督にはあったんですか?

 

「もうこれは僕の感覚としか言いようがないんですけど、原田に関しては、なんか役者できるんじゃないかなと、僕がシナリオや監督を意識したぐらいから感じていたんです。それで、『長い夜』の前に短編を作ったことがあったんですけど、原田にセリフがひと言二言のちょい役で出演してもらったんです。それが予想以上によかった。そうしたら、本人からどうせやるなら、もっといっぱいセリフのある映画に出させてくれよとリクエストをもらっていたんです。それから、笠原に関しては、本人はいたって真面目でいいやつなんですけど、見た目がちょっと怪しげというか。なにを考えているかわからない、得体のしれない雰囲気がある。これをなんか生かせる場があるんじゃないかとずっと考えていました。

 

で、二人を役者として全面に押し出した作品を作ってみたいと思ったんですね。だから、よく考えてい見ると、この二人を組んでみたいと思ったことが、『長い夜』の原点というか出発点だった気がします」

 

――その二人が演じるカイと光一が夜の海に入っていくシーンは、この物語のある意味、象徴で。非常に重要なシーンになっています。ただ、ちょっと肝を冷やすシーンでもあります。

 

「夜の海のシーンは絶対に撮りたいシーンで、おっしゃる通り、この作品の核となる重要な場面でした。

ただ、夜の海という危険が伴う撮影なので、なにかあったらすぐに助けにいけるようにフレームの外には何人も待機してもらって浮き輪なども用意して、安全に撮影できるよう万全の体制はとっていました。海もそこまで深くないところを選んでいて、深さも注意深く確認していました。

 

ただ、当日、台風が近づきつつあって海が荒れ気味でいきなり激しく雨が降ったかと思うと次には晴れてたりする怪しい天気で……。僕は正直なところ、なにかあってはならないので中止を考えていたんです。ところがスタッフの方がなにかゾーンに入ったのか『いける』といった雰囲気で諦める気配がない。それでちょうど雨も波も少し収まったところで撮ったんですよね。でも、このシーンがあるかないかでぜんぜん違ってしまう重要なシーンだったので撮り切れてよかったです。

Yui Kusakari©

――高校生の時に観た濱口竜介監督の『ハッピーアワー』 に感銘を受けて映画監督を志したとのこと。一方で、現在、日本大学芸術学部映画学科でシナリオを学んでいる。もともと脚本家志望だったのですか?それとも監督をもともと視野に入れながら、脚本家を目指していたのですか?

 

「大学進学を決めた時点では、シナリオをやっていきたいと考えていました。少し話が長くなるんですけど、もともとは漫画の原作者を目指していて高校時代から出版社に企画を持ち込んでいました。最終的に掲載は実現しなかったんですけど、担当編集者さんがついてくれて企画をいくつか進めるまではやりました。ただ、漫画はどうしても紙面に限りがあるので、セリフも簡潔さや分かりやすさが求められるところがある。そこに僕は限界を感じたというか。もう少し行間があって、そのセリフを聞いた人があれこれ想像をめぐらすようなものにしたい。そう考えたときに視野に入ったのが映画やテレビドラマのシナリオでした。そこで脚本に興味を持ったときに坂本裕二さんの存在を知り影響を受け、大学でシナリオを専攻することを決めました。

 

――その時点までは脚本家志望だった?

 

「そうです。この時点では映画監督は目指していなかったです。転機は、受験が終わって大学進学が決まった後、高校三年生の秋ぐらいですけど、『ドライブ・マイ・カー』が話題になっていて僕も見に行きました。いまでも言語化できないんですけど、『すごいものを見てしまった』という気がしました。とにかく衝撃を受けて、調べたら濱口監督の過去作の特集上映が組まれていることを知って、劇場に足を運びました。そこで『ハッピーアワー』を見てさらなる衝撃を受けたというか。俳優の表情や言葉が本物にしか見えない。演技しているとは到底思えない。でも、日常にカメラを置いていても絶対に撮れない。その表情もしぐさも言葉もほんとうにそこでリアルに出たものにしかみえないものをフィクションで引き出して捉えて映し出している。こんな映画を撮ってみたいと思いました。そこから映画監督に興味を持つようになりました。

 

その気持ちは、今より強まっています。よい書き手にもなりたいですが、今回、『長い夜』を完成させて、自分で書いた脚本は、誰かに任せるのも悪くはないんでしょうけど、やっぱり自分で監督して映画化したい。そういうよくが出てきています。ですから、脚本家志望より監督志望に心がいまどんどん傾いています」

 

『長い夜』作品詳細
取材・写真・文:水上賢治


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