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【デイリーニュース】Vol.03 『泡沫』アドリアン・ラコステ監督、中崎敏、遊屋慎太郎、鎌滝恵利 Q&A

そこから抜け出すことは可能なのだと示唆したい

左から『泡沫』のアドリアン・ラコステ監督、中崎敏、遊屋慎太郎、鎌滝恵利

 

国内コンペティション長編部門『泡沫』は、建築家一族の長である祖父の80歳の誕生日を祝うため、大学生のセイジロウがメキシコ留学から帰国するところから始まる。親戚が一堂に会するめでたい席にもかかわらず、笑顔を見せる者はいない。セイジロウも心ここにあらず。彼の心は、恩人でもある、かつて廃墟を一緒にまわった写真家ラナへの思いで占められていた。

 

監督のアドリアン・ラコステはフランス出身だが、2012年から日本に在住している。訪日の理由は、大学卒業後にうつ病を患ったとき、現状に留まるのではなく、好きなもの(日本の小説や映画)に触れることを友人に勧められたからだという。この経験は、本作のモチーフともなっている。

 

作品上映後のQ&Aには、アドリアン・ラコステ監督、主演のセイジロウを演じた中崎敏、いとこのコウセイを演じた遊屋慎太郎、姉カナを演じる鎌滝恵利が登壇した。まずは俳優陣の挨拶。

 

中崎「猛暑の中お越しいただきありがとうございます。第1部のパートを撮影してから3年。上映される日を迎え、嬉しく思っています」

 

遊屋「決して明るい映画ではありませんが、この作品への感想を率直にうかがえるのを楽しみにしています」

 

鎌滝「皆さんと一緒にいま初めて最後まで観ました。思うことがとてもたくさんあったので、皆さんの意見をうかがいながら、整理してみたいと思います」

 

伝統的家族の中で、抑うつされた人物が自分を取り戻す旅を、水に準え、墨絵のようなモノクロームの映像で描いたラコステ監督。

 

「水をモチーフにしたのは、撮影監督の木津俊彦さんと日本全国をロケーションハンティングしたときに、いろいろなところでさまざまな表情の水と出合ったからです。熱された水、流れる水、さまざまな状態の水をビジュアルモチーフとして使うことで、セイジロウの頭の中、抑うつ状態を示すサブテクストになるのではないかと思いました。もうひとつ、脆弱ですぐに移り変わる水は、人生、あるいは生を示すものでもあります。変化し、自分がしたいことをしようと決意をするセイジロウが、より良い未来を切り開くことを予感させることができるのではないかと」

 

ちなみにモノクロで描いたのは、観客にセイジロウの見ている世界を追体験してほしかったから。「うつ病になると、色のない世界に迷い込んでしまったかのような気分になる」と特有の隔絶された空間を作り出したが、実は誰しもが既視感を感じるものでもあるような気もする。

 

セイジロウの周りに保守的な家族を配したのは、「抑うつ状態にある主人公にとって最悪の家族環境を考えたとき、ジェンダーの役割が強固に作用している家族なのではないか」と思い当たったため。ジェンダーの役割が自由を束縛する様を、宴席に出す料理を作る台所に女性を、ビールを酌み交わすバルコニーに男性を集めることで、一層際立たせた。

 

一族のほとんどは束縛を疑いなく受け止めるが、ひとりセイジロウの姉カナだけは抵抗する。彼女はキャリアアップし、自分の足で歩もうとするが、演じた鎌滝は現場で少し異なる感情を覚えた。

 

「あの一族の中で、カナは唯一、現状をそのまま受け入れることのないキャリア志向の女性。そう思っていたのですが、現場に行ってみたら思う以上にセイジロウに愛着が湧き、撮影は2日くらいでしたが、めちゃくちゃ弟に思えて、守りたいと思ってしまった。スクリーンからは、自分のキャリアアップよりも、弟を守ろうとするカナを強く感じました」

 

演技とは物語を生きる感情の発露。カナにそう感じさせたセイジロウを演じた中崎は、来日直後からラコステ監督の友人でもあるそう。

 

「家の束縛が強くなるほど、セイジロウの自我はより明確になり、押さえられるほどに爆発しそうになる感覚がありました。撮影中、自分がどういうものを持っているのか自問自答する作業で、役にも、自分自身にも重なる部分を発見し、俳優という仕事をしていること、海外にもふらふら旅行に行ったりしていることなど、セイジロウと重なる部分から、役を理解していきました」

 

窮地の姉弟をさらに追い詰める発言を繰り返すコウセイ役の遊屋は、“嫌味”を際立たせるキャラクター作りをしたわけではないという。

 

「セイジロウに対して意地悪をする嫌味なキャラクターに見えたと思うんですけど、僕の役作りのゴールはそこではなく、コウセイが家族の中に自分の居場所を確保しようと必死になった結果、セイジロウに対して嫌味に映ればいいなと思って演じていました」

 

ラコステ監督は、この映画の冒頭とラストシーンをほぼ同じに、円環するように描いた。

 

「セイジロウは円環していますが、冒頭とラストが少しだけ異なるのには、そこから抜け出すことは可能なのだと示唆する意味を込めています。考えていただきたいのは、ご家族や友人にうつ状態の方がいたら、ひとりにしないでいただきたいということ。ぜひ話しかけてもらえればと思います」

 

泡沫』の次回上映は7月20日(木)13時50分から多目的ホールで行われ、ゲストによるQ&Aも予定されている。オンライン配信は7月22日(土)10時から7月26日(水)23時まで。

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