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【インタビュー】『アリスの住人』澤佳一郎監督

 

 

ーー今回の『アリスの住人』は、社会に根差した物語。わけあって家庭で暮らせない子どもたちを養育者の家庭に迎い入れて養育する「ファミリーホーム」を舞台に、幼少期に父から性的虐待を受けたつぐみの心情が綴られ、彼女の切実な心の叫びが聞こえてきます。どういった考えから企画はスタートしたのでしょうか?
 
ちょうど、子どもが生まれたばっかりのころで、自分が父親になったんです。ただ、僕は父親がいない環境下で育った。母子家庭だったので、自分が父親になる想像がまったくできなかった。ですから、正直なところ、子どもとどう接すればいいのかわからなかったんです。
 
それから、母から離婚の原因が父親の暴力ときいていて。僕は母方の祖父と暮らす時期があったんですけど、その祖父が厳しかったといいますか。僕はけっこう行き過ぎた教育であり、しつけと考えているんですけど、ちょっとモノの位置が違うとか、トイレの蓋がしまっていないだけで叩くような人で。暴力の血が自分にもあって、それが子どもができたことで露わになるんじゃないかとちょっと怖かった。そういうこともあって、児童虐待の被害者にも加害者にも興味がありました。自分も気をつけないといけないことから、この問題について前々から注視していたところがあったんです。
 
そのこともあって、1度、児童虐待というテーマに向き合った作品を作りたいなと思っていました。
 
で、話は一転するんですけど、今回の映画を撮るにあたってまずオーディションをしたんです。その時点では、児童虐待の映画とかまったく考えていなくて、「演者の叶えたいことを叶えられる映画」ということで演者募集のオーディションで開いた。それで応募者のひとりひとりに聞いていったんです。叶えたい夢を。すると、父親に対する思いとか、父への望みを語る人がけっこうな割合でいたんです。
 
そこに、今度は、子どもが生まれてはじめての自分の誕生日を迎えて、改めて父親という存在について考えたんですよね。そして、子どもをふとみたら、なんか手をいっしょうけんめいのばしていて。それを見た瞬間に、なんか子どもの心の声をきくような映画を撮りたいと思ったんですよね。そのことが、今回の作品の出発点だったと思います。
 
あと、振り返ると、コロナ禍で子どもといる時間が増えて、父性について、父親の役割のようなことを考えざる得なくなって、この自分の気持ちを撮っておかないといけないと考えたところもあった気がします。
 
 
ーーそれにしても、この作品のひとつの出発点になった、俳優の方がやりたいことを叶えられる映画というオーディションはユニークですね。
 
自分がなんでそんなことを思いついたのか、いまとなってはまったく覚えていません(苦笑)。僕はドキュメンタリーとフィクションを往来して作品を発表しているので、ドキュメンタリー要素で、俳優の方のそういった素の部分を物語に組み込みたいと考えたのかもしれない。その俳優さんの未来進行形で進むことを物語の中に入れたい意識があったかもしれません。本来、役者の仕事ってその演じるキャラクターを100%やってもらうことなのかもしれない。
 
でも、僕はその人の物語を少しでも入れたいところがあるんですよね。だから、そういった発想になったのかもしれないです。物語上、整えたところはありますけど、ここに出演してくださった俳優さんたちの夢はきちんと少しずつ入っています。
 
 
ーーたとえば、どんな夢を入れているのですか?
 
たとえば小さな女の子が自転車に乗れなくて練習をしますけど、あれはほんとうに彼女が自転車が乗れなくて乗れるようになりたいといってて。じゃあ、撮影期間の間で乗れるようになりましょうということで、撮影に臨んでいます。
 
 
ーー話を戻しますけど、児童虐待、しかも性的虐待というシリアスなテーマに向き合っています。被害者の心の痛みや苦しさを体現してこちらへと伝える人物が、つぐみになるわけですが、人物像を作り上げていく中で、いろいろとリサーチしたと思います。なにかみえてきたことはあったでしょうか?
 
いろいろと調べていく中で、ひとつ僕がわからなかったのが、性的虐待を受けた女性が風俗で働くケースがあるということ。はじめは、なんでそうなってしまうのかがわからなかったんです。でも、考えていくうちに、あくまで個人的な見解ですけど、これはある種の自傷行為ではないかと。わざと、死を近づけることで生きている実感を味わうというか、生きているかどうかを、痛みを感じるかどうかで計るというか。自らを傷つけることでしか自分を確認できない。そういうことでしか自分の気持ちを保てないのではないかと思って。そういったことを、つぐみにすべて託したところがあります。
 
 
ーーその中で、つぐみは苦しみながらも、ひとつ光を見出します。
 
いや、そう簡単には前向きになれない、そう簡単に問題は解決しない。そういう意見はもっともだと思いますし、そう簡単には立ち直れない現状があることはわかっています。でも、その苦しい現実から抜け出す一歩が確実にあるのではないか。こう生きていってほしいという自らの願望もこめて、つぐみにエールを送るようなものにしたところがあります。
 
僕自身がひきこもりを経験しているから、生きていくことがしんどいのはすごくわかるんです。もう絶望しかなくて、死んでしまおうとなってしまう気持ちもわかる。僕が踏みとどまったのは、何かやっておかないと悔いが残ると思って、「映画作りたい」になりつなぎとめられた。誰しもつなぎとめる何かがあると思うんです。それに気づいてくれたらなとの思いはあります。
 
 
ーー性的虐待のほかにも「不思議の国のアリス症候群」や「ファミリーホーム」といったあまり広く知られていないことも物語に組み込んでいます。
 
知覚された外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常とは異なって感じる「不思議の国のアリス症候群」に関しては、僕にその症状があったんです。子どものころですけど。そのとき、こういう病名とは知りませんでしたけど、のちになって知って、一度あの感覚は映画で描きたいと思っていたんです。
 
それで、今回の物語に結び付けられるなと思って、とりあげました。タイトルの『アリスの住人』というアイデアも何年か前から温めていたもので、ファミリーホームという、特別な世界ともリンクしていいかなと思いました。
 
そのファミリーホーム(※家庭で暮らせない子どもたちが養育者の家庭で暮らす「家庭養護」で、子ども同士の相互交流を通じて基本的な生活習慣を身につけ、豊かな人間性及び社会性を養うことを目的としている)については、以前、発達障がいのある子どもたちが放課後にくるデイサービス施設でボランティアをしたことがあるんです。そのとき、ひとり髪をのばした子がいたんですけど、僕にまったく馴染んでくれない。でも、最後に、僕を受け入れてくれる瞬間があった。こういう体験をいつか映画に入れたいと思っていました。それから児童養護に興味が芽生えて、いろいろと調べていくうちにファミリーホームという存在があることを知りました。
 
まだまだ知られていないことなので、もっと知ってほしい思いもあって今回取り上げました。こういう施設があることをもっと多くの大人の方に知ってもらえたら、虐待を受けている子たちを助けることができるんじゃないかと思いまして。
 
 
ーーここからはキャストについて訊きたいのですが、つぐみ役の樫本琳花さんはミスセブンティーン 2014 を経て、2019 年に女優デビューを果たしている新進女優です。
 
樫本さんはオーディションを4回やったんですけど、すべての回に参加してくれたんです。1、2回目はこれから女優業に本格的に取り組んでいきたいみたいなころだったからか、緊張もあってか、正直なところ、そこまでグッとくるところがなかった。でも、3回目、4回目のときにすごくお芝居がご自身とフィットしたように感じられた。僕の中で心をつかまれるものがあって、いつかご一緒できたらと思えたんです。
 
それで、今回の脚本を書き始めて、つぐみという主人公が出来上がっていったときに、樫本さんの目がつぐみにぴったりだなと。これは大変失礼ながら、本人にも伝えたんですけど、死んだ魚のような目をしている。実際の彼女はとても明るい性格なんですけど、真顔になったときにある種の冷徹さが宿って、生きているんだけど死んだような目に感じられる。僕にはそういう風にみえたんですね。それでつぐみは彼女かなと。
 
 
ーー実際に演じてもらってどうでしたか?
 
最初からつぐみになってましたね。樫本さんだけに関してはプロットの段階で、こういう役を考えているということを伝えました。つぐみが抱えているバックグラウンドもデリケートなところがあるので、事前にわかっておいたほうが本人にもいいと思ったんです。僕としても考える時間を彼女にはもってほしかったので。
 
撮影は10月でしたけど、樫本さんには7月ぐらいから伝えていました。どういう役かを。それで、脚本が上がって最初の読み合わせのときには、ほぼつぐみになってくれていました。
 
 
ーーつぐみの恋人となる賢治役は『スペシャル・アクターズ』のインチキ教祖役などでいま脚光を浴びつつある淡梨さんが演じています。
 
オーディションのとき、本人が「キャラが立った役のオファーが多い」といっていて。彼の夢が『普通の人を演じてみたい』だったんですよ(笑)。じゃあということで、彼には普通の家庭で育った普通の男を演じてもらいました。あと、樫本さんがけっこう背が高い。淡梨さんも背が高いので、バランスも良かったんですよね。2人が並んだ感じがとてもよかった。それでお願いしました。
 
 
ーーでは、これまでのキャリアについてもお聞きしたいと思います。映画の世界に入ってみようと思ったきっかけは?
 
さきほど触れましたけど、ひきこもっていた時期があって、そのときずっと映画を見ていました。映画の世界に自分の身を置くことで安堵を得ていました。それでこれもさきほど少し話しましたけど、死ぬ前にやっておきたいことを考えたとき、映画を撮ってみたいなと。映画を撮るにはどうしたらいいか考え、映画を学べる学校に行かないと、となった。で、映画美学校ドキュメンタリー・コースに進みました。
 
 
ーーなぜ、フィクションではなく、ドキュメンタリーのコースを?
 
もともとフィクションの映画を撮りたいと思っていたんですけど、当時、好きな監督たちがけっこうドキュメンタリーを経験していたんです。たとえば、是枝裕和監督とか。それで、ドキュメンタリーには何かあるんじゃないかと思って、フィクションを学ぶ前に経験したいと思って、映画美学校に関してはドキュメンタリー・コースを専攻しました。結局、その後、フィクションの映画学校にはいかずじまいで、独学になっちゃったんですけどね。
 
 
ーー確かにフィルモグラフィーをみると、ドキュメンタリーとフィクション映画を往来しているように映ります。今回の作品『アリスの住人』の成り立ちにしても、一口にフィクションとは言い切れないというか。ドキュメンタリーとフィクションの狭間をいくような試みをされているところがあります。
 
見てくださる方の中には、どちらもまざっているという印象を持たれる方がけっこういらっしゃいます(笑)。
 
映画美学校に在籍時は、ドキュメンタリーとフィクションの違いみたいなことはけっこう考えたんです。でも、考えれば考えるほど、その境界の線がよくわからなくて、近づいてよくみようと思ったら、想像より太くて、結局、そんなに違いはないみたいな感覚になってくる。映画美学校の講師が諏訪敦彦監督だったんですけど、諏訪監督の作品をみると、もう衝撃でますますわからなくなる(笑)。ほんとうに難しい。
 
 
ーーでは、今回の入選の報せを受けたときの心境を。
 
素直にうれしかったです。ただ、僕はSKIPシティの映画祭の存在はもちろん知っていたんですけど、そこまで詳しくは知らなかった。なので、入選の知らせを受けてから、過去の入選作品とかみたら、すごい作品が選ばれていてびっくり。いまは大変な名誉なことと受けとめています。キャストやスタッフをはじめかかわってくれた人が喜んでくれるんじゃないかと思っています。
 
 
ーー今回の映画祭をどういう機会にしたいですか?
 
オンライン配信での開催になりましたけど、僕はけっこう前向きにとらえているんです。というのも、この作品に関しては、ファミリーホームの関係者の方々にご協力とご支援をいただいていて、その関係者の方々は全国各地にいらっしゃるので、みていただける機会になりましたし、ファミリーホームのことをより広くの人に知っていただける機会にもなるかなと思っています。あとはもうひとりでも多くの方に見てもらいたいです。
 
 

文・写真=水上賢治

 
『アリスの住人』作品詳細
 
 


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